専門分野の不思議

昔、イソ弁の頃、ボス弁から、以下のような話を聞いたことがある。今では考え難いことだが(近時の刑事弁護人の先生方はそのような区分に関わらず対応しているという印象である)、昔、とある有名な刑事事件で、検察官ご出身の先生方が弁護人としてベストであると考えて弁護人に選任したがうまくいかず、一貫して刑事弁護人である弁護士に挿げ替えた。「刑事事件」のプロでも、「公訴提起」側と「被告人のために行動する立場」とでは、全く違う仕事である、というのであった。
「専門分野」であっても、立場が異なる、あるいは、立場の対立が激烈なものであればあるほど、逆の立場の仕事が適切にできないことが多いようである。医療過誤での、医師側と患者側、労働者側と企業側とは全く仕事が異なるということになるだろう。即ち、数千数万とまではいかないが、解雇する側は、解雇権濫用の高いハードルを超えようとしつつうまくいかず、その手法をどんどん精緻化しているであろうし、労働者側は、「労働者保護」という下駄を前提にして、長年の実務経験キャリアをお積みになるのであろう。ただ、「労働者」側の大先生であっても、「解雇」のための「注意」「指導」などの経験は(当然だが)ほとんどなく、解雇する場面がない雇い主側も、「解雇」のための「注意」「指導」をきちんとする経験など、ほどんどないのである。同本来労働者側代理人も、「これで解雇ができる」と判断してしかし第三者の冷静な目からそれが否定される実体験はほとんどないことが推測できる。このため、第三者から見ると、「専門」の先生のご意見を得たのに、解雇の効力が否定される事態が生じるのである。
 このため、ごく専門的な分野では、明確に、立場毎に、全く異なる実務が支配することになる。
 「専門的判断」の難しいところ、不思議なところである。
 

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