夫側の親権について

離婚問題について、夫側が親権を取得できるかとか、夫側への親権者変更が可能かという問題が論じられることがあり、また、結構そのようなご質問をいただくことがある。
弁護士サイドの経験として話されるとき、ある一つの立場は、見込みと違って、裁判所は全く認めてくれなかったとその困難さに不平をいい、別の立場は一定の審判例などから出ている基準を示すにとどめるものがある等、多くの回答がありうるところである。
 ただ、後者についても、実体験としてそのような成功体験があったわけではなく、理屈として言っているだけの場合も結構多いのではないかという印象である。なぜなら、書籍などにかかれている事案に近いとしても、夫側は、最初は、裁判所や調査官の抵抗にかなりの割合で合うのではないかと考えられるからである(そのため、実体験としては、「こういう苦労をした」→「こういう努力がされ、」「認めてもらえた」というプロセスが語られるのではないかと考えるからである。)
 単なる文献上の基準に沿って説明を受けて対応しようとする場合、意外と、その対応のための努力が甘いものになりがち、見込みが甘くなりがちという印象である。多少場面変わって、別居時に相手方の同意なく子供を連れて別居したという事例では、妻の精神疾患だけではなく、かなり子に対する悪影響(現実の危険)がある事案である印象がある。少し育児態度が・・・という程度では見込み違いとなりかねないという印象である。
 シビアな現実があるとすれば、弁護士としては、どれかで期待に満ちたご相談者との話でも、シビアな話をせざるを得ない、「証拠がある」と言葉でどれだけご説明をいただいても、「見てみなければ現在の状況もわからない」「見せて欲しい」と迫ることになる。
 しかし、それらの現実の行動の重要性を説明させていただいても、なお、手元にあるとして、当職に示している「スマホ」の画面を見せていただけなかったりする、ひっくり返して見せれば、少なくともそれは当職に示せるのにである。結局最後まで見せていただけず、シビアなコメントを当職がしたのに対し、「がっかりだ」と言わんばかりに、お帰りになるのを見ると、遺憾ながら、大変残念な気持ちになる。
 相談だけでも、ご利用いただく以上、そして、お子さんの幸せがかかっている切実な相談と聞けば聞くほど、弁護士と言えども、最大限の成果を持って帰っていただきたいと考えるものである。しかし、不完全燃焼のような形になり、「本当にそれがお子様の利益になるのですか」(あきらめること)と問いつつも、後で極めて落ち込むのである。
 事実を積み重ねつつ(当然日々の生活だけでも大変であろうとは思われるがそれに加えて)証拠収集をする切実さの部分を詰め切れない方々も多い印象である。
当職のささやかな経験での印象は、(1)子の意思が尊重される年齢に達した後以降は別として、(2)客観的にそのような親権監護権の帰属が「子の利益となる」事実を客観的な形として示すことを徹底的に行うしかないという印象である(もちろん、裁判所の判断傾向に沿う必要はあると考える。)。子の利益というものを確実に図りたいということから、とっているのが裁判所の判断だというのであれば、きっちりとした「事実で」(もちろん証拠も)示す地道な努力以外に、夫側の親権(取得あるいは夫側への変更)はないと考えるのが(少なくとも現時点では)良いと考える。
 当職自身も、夫側への親権者変更の(調停成立を含む)結果を獲得できた際でも、最初は、かなり裁判所・調査官から否定的な態度をとられた事案であった。しかし、ご依頼者やそのご協力者の子のための献身的な努力という積み重ねられた客観的事実があればこそ、そして、それを示して裁判所や調査官に認めていただいたからこそ、そのような考えを変えていただくことができた(例えば、「この環境以上の環境はない」という意見等)という印象である。
 子の利益の判断をしようとする裁判所などの判断が、甘い判断であるわけがないのである。ただ、この点は、ご相談者にその重要性をコメントしても、「他の先生のところでは違う話であった」などと否定的な反応が見られることが少なくない。むしろ、「この弁護士は冷たい」というように思われているのではないかと感じる反応もあるように感じる。
 しかし、夫側が親権監護権を取得することが真の意味で子の利益にかなうのであれば(そして、妻側にいることが子の不幸せとなるというのであれば)、それを裁判所や調査官に認めていただけるか否かは、子の利益の観点から極めて重要でシビアな問題であるはずであり、いい加減な見込みで進めるわけにはいかないと考える。
 その時々の裁判所などの判断傾向は基本的にやむを得ない前提だとしても、夫側が親権・監護権を取得することが真に子の利益にかなうのであれば、それを実現できるのは声なき子供自身ではなく、夫側当事者のみだからである(年齢によっては意見も考慮されなかったりするので、子自身は選べない)。
 これらの点は、反対する見解の方々も多いかもしれないが、過去の審判例などで認められている事例などを見ても、きっちりとすべきことは意外と明確に記載されているようであり、他方、私たちの業界の人間の助言は、その厳しく大変な部分を基準として見逃しがちではないかという印象である。
繰り返すが、たとえ立証などハードルが高くても、かわいいお子さんの幸せがお父さんとともに暮らすことにあるというのであれば、そのお子さんの幸せを守る行動をすることができるのはお父さん、あなただけなのです。
 弁護士としては、当のお父さんの大変な努力そのものを知ることはできないので、いえる身分でないと言われそうですが、他方で、そのお父さんにはっぱをかけることができるのも、単なる第三者にすぎないはずの弁護士であるので、真っ向から、立ち向かっていただきたいと申し上げるのです。
 特に、まだ準備できることがある段階ではなおさら、甘い話を弁護士としてはできないのです。

Follow me!