修習時代の先生方の影響力と自らを省みる

修習時代は不思議な時期であり、最近、自分の法律相談などを振り返ると、修習生の時代に、先輩たる諸先生方の影響の大きさを改めて感じることがある。
松江の修習時代の指導担当の妻波先生には修習期間中「詰があまい」と言われ続けた。いまだに自分の未熟さを感じるが、できれば仕事のクオリティを挙げたいと感じる重要な原動力の一つであると感じる。(奥様にも大変親切にしていただいた。同修習地で自分の居場所を感じられた数少ない機会であった。改めて御礼を申し上げたいところである。)
松江での修習時代に(当時は弁護過疎の問題があった)石見法律相談センターで、日弁連の法律相談委員会の諸先生方が法律相談を行い、それを横で修習生が1人ずつ、ついてみる、という研修があった。当職がついた先生は「法律相談をただするのではなく、生活の知恵みたいなものを一つ付け加える」という考え方を示してくださった。(相談の際に苦痛を和らげる聞き方をとか、いろいろな当職のやり方に多大な影響力があった。)福岡の春山先生であり、ご一緒させていただいたのはただのその時のみであったが、その的確かつスマートな法律相談は大変心に残るものであった。お名前が九州を体現されることにも大変印象が強かった。)
今の自分を見て、修習の時の諸先生方の何かに一つでも近づけたかと言えば、正直全く心もとない。いくつになっても全く修練も何も足りていない自分を恥じるのみである。

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