コミニュケーションパターンという考え方

1 産業カウンセリングをはじめ、カウンセリングを勉強していると、ストレス原因トップ3なるものを聞くことがある。
 (1)職場での人間関係、(2)家庭での人間関係、(3)自分の将来のこと、といったところである。
2 (2)家庭での人間関係は、断ち切れない血縁という側面からすれば、切実でありそうであるが、意外と、「家庭の外の人間関係へのシフト」でそもそも家庭での人間関係に直面する場面が減るから意外とそうでもないかもしれない。(1)は、自己実現と生活にかかわるから、辞めればいいと言われても、切実のようである。
 「職場での人間関係」の内の一つの重要な要素として、そもぞも「コミニュケーションパターン」ないし属性があっていない連絡、指示がなされるという類型の指摘がある。臨床面からの話は、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野助教授であった故森俊夫先生の「気質論」として伺ったた。(論文の一部は、月刊学校教育相談2011年2月号、3月号)
 病前性格(正常な時の性格)のコミニュケーションタイプを「気質」として「クレッチマ」の分類を参照して、意思決定の中心こだわりは自分本位、一度に処理する情報量、考えるステップ(1つ1つ段階的か)、などなどで、「シゾイド」(あくまでもこの類型独自の概念の借用なので、ネットでは別の意味が出てくる。混同されませんよう)は、こだわりは「自分本位」(ただし、はっきり明確に言われたことで納得すればすっきり対応)、一度にする情報処理として多く雑多なものを与えられるのは不得手、リニア、一つの自分なりの結論に収斂(イメージとしては論理を積み重ねて慎重に審理するタイプの裁判官みたい?)、「循環気質」、こだわりは他人本位、同時並行処理、モザイク等、「粘着」こだわりは「モノ」「こと」にある、一文一文が長い、「ヒステリー」は、かけひき型、などなどが挙げられている。
 同じKIDSカウンセリングの黒沢幸子先生(ご師匠は夜と霧の1985年版翻訳者である霜山先生。当時の森先生いわく天才肌)は、お子さん2人がそれぞれ、シゾイド(個々の指示を細かく)、循環(細かい指示をされると信頼されていないと感じる、裁量を広く最低限の指示で任せてしまう)と違うので、それを生かしてうまく子育てができて便利とのお話であった。
 人を生かすも、殺すも、その関わりで上位にある人がうまく指示などの行動をできるかによる、コミニュケーションパターンの理解は大切とのことである。
 「伝えること」の重要性は、有名な「影響力の武器」とか、自分が、親戚に唯一勧めた、デール・カーネギーの「人を動かす」などもあるが、中にはそもそも「コミニュケーションパターン」というものが念頭にないと「自分の癖」で指示したり「伝えた」つもりになったり、不適切なメッセージを与えることになるので、怖いものがある。
3 このようなコミニュケーションのパターンは、他にも論稿がある。稲場真由美先生の著作である。分類名は違うが、これも大変参考になる。
4 そういえば、(1)気質論のようなコミニュケーションパターンの考え方、体型、動作という要素、(2)関口栄作先生のWSで受けた「NYバッファロー大の相対的なチームビルディングのテスト」、(3)例えばedxのIOTの講義に出た就労環境及び能力補完の例の動画を見て、
 (あ)(1)+(2)+(3)→ITシステムで補完し、よりチームビルディングの目的達成力を上げることはできないか、とか、(い)体型とコミニュケーションパターン+(これに加えて)ペンフィールドのホムンクルスの概念イメージから、意識の存在に関する「千の脳」の仮説とか、より人間の得意な思考を実現することはできないか、とか、ふと思ったことがありましたが、当然、それは私の仕事。ではありませんので、単なる妄想に過ぎないのでした。(他にも、吉川悟先生の大阪のコミニュケーションケアセンターでの研修で、仮設仮定であるシステムズアプローチの研修を受けた際などのお話が、同様に生きないのかと考え、いろいろ考えたことはあります。ただそれは、(以下略))
5 コミニュケーションで弁護士が切実に感じるというのは、ご依頼者様のご希望の把握や作業連携等に重要だからですが、そういう人を動かす専門家中の専門家であれば別ですが、なかなか、私程度では、コミニュケーションパターンが違うことにうっすら気が付くまで、結構な期間かかってしまうということがあるのが悩みです。(概念の定義の正確性を突っ込んでこられたりするので、当職は気が付きませんでした。)
(2022年5月4日追記)さて、記憶やメモリ違いではあるが、伝統的に記憶には長期記憶、短期記憶の概念があり、また、書籍に、Your Brain at Workのように、大脳基底核と前頭前皮質に着目するものがある。これと、Immunity to ChangeにおけるImmunity とこれらの概念の関係も大変興味ぶかいところです。(こういう言い方をすると、ジョハリも、何もかも?)
ところで、さらに余談ですが、昔Gacco上(当時は生体ナノマシンの講義など楽しい講義があった。今ははやりのAIなどである。)講義が公開されていた石黒浩先生(どうすれば「人」を創れるか: アンドロイドになった私等参照)の講義中で、外部のロボットの動作を人間が自分の動作と感じる事例について述べられていた(記憶があいまいですが他しかそのようなお話があったように記憶している)。人があるものと自分との同一性を認識する情報処理するプロセスはどうなっているのか、人の意識・認識などは、身体からの情報などにより、制限され規定されるのかなど、わかりにくいが、何か面白そうなお話があるように感じられた。あまり詳しくはないが、昔の「セカンドライフ」と異なり、Metaバースがそのようなシステムの実験場たりうるのか、などなど(人間の外部脳というべき「身体」(筋肉なども含む。恒常性維持機能などとの関係で、実験場を超えた利用は、少なくとも現在の時点では危険な印象のようですので、「実験場」と呼んでいます)、興味深い話題はつきないところです。

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