ささやかな若いころのお話

さて、「事実は何かということへの関心」と別の記事で書かせていただいたのですが、それで思い出したことがありますので記載します。弁護士なりたての新人の頃の刑事弁護人としては今考えると失敗と思われるのです。
それは、まっすぐ伸びた両側に障害物となる建物もないみはらしのいい国道での事故でした。被告人は、慎重に、他に車がないことを確認すると、時速10キロ程度で、右側の小さい小道にゆっくりと右折を開始したのでした。ところが、そのゆっくりとした速度があだとなりました。はるか遠くから直進してきたバイクが、道路をふさいでいるその車に突っ込んできて、衝突、亡くなったという事件でした。当時国選弁護人としてその事件を受任した新人の私は、その起訴状を受け取り、記録を謄写して検討しました。記録では、既に、被害者の落ち度が大きいということで、保険でも被害弁償は終了など、あまりすることがないという印象の事件でした(もちろん、刑事弁護でする他の情状弁護活動は全て行いました)。
被害者の落ち度は、刑事弁護であれば、被害者の落ち度であることを弁論要旨で主張するべきだったのです。しかし、当時の私は、その事故態様になっとくいきませんでした。この点、検察官と話す機会があった際も、検察官は、被害者の落ち度は明白と考えていたようであり、かえって、現場を通行止めにしてまる数日かけて、当時の現場を再現し、完璧な起訴状だと述べていました。本当にこのような状況で自ら車に突っ込んでゆくものなのか、どうしても納得がいかず、一般に言われる現場を見た証人探し、現場百篇的な行動を(但し結果として被害者側の話)とってしまったのでした。
そして、気が付いたのが、バイクが走ってくる方向と、右折場所との間に、地図でもわかりにくい、小さい道があり、右折車がいるという状況があることに気が付きました。改めてバイクの進行方向から見ると、車が2台重なり、被告人の車が死角になってしまっていた可能性が判明したのでした。
つまり、被害者の無謀乱暴な運転ではなく、間に死角を作る右折車がいたことによる不幸な事故であると考えられました。被告人本人には(問題はありますが)当日までに伝えていませんでした。
公判当日、アクシデントが起こりました。ようやく紆余曲折合った人生を新規開店し新しい門出をしようとしていた矢先に事故にあったご子息について無念のお気持ちがあったのでしょう。法廷に来られていたご両親が突然立ち上がり、被告人に対し、許さないなどと批判の大声をお上げになったのでした。当職は被告人質問中のため、ここで、先の、事故状況について質問をしました。「・・このような死角が生じていた可能性があった可能性はありませんか?」「被害者の方の落ち度ではなく、本当に不幸な事故であった」などの趣旨の質問です。被告人本人は当時の状況からして間にあった車のことなど認識していなかったことは明らかですから、不利なことを言いたくないとすれば、違う回答をできたでしょうが、根が誠実な方ですので、被害者の落ち度がなかったかもしれないという方向の回答をされました。弁護人としては全く失格のこだわりであったと今でも反省するところです。
公判終了後、被告人と共に、法廷を出ると、先の被害者のご両親がお待ちでした、初めてご子息をかばったのがおそらく被告人と弁護人で、被害者の落ち度を指摘すると思われていたのが、そうでなかったのが意外だったのか、大変うれしそうなご表情でした。幸運にも、お父様も大変良い方であったため、被告人に対し、「会社があなたを冷遇するなんてことは俺たちが許さない」「会社に絶対に不利益を与えないよう直談判する」とおっしゃっていました。そして実際にそうされたようです。このご両親の行動を拝見しますに、被害者の方がいかに思われていたのか、そしてそのお人柄まで思いが至るほどでした。その当職に伝えた被告人は大変うれしそうでした。結果オーライではありましたが、自分の変なこだわりで被告人のリスクを一般的には増やしたので、自分が刑事弁護人に不向きだと感じたところでもありました。

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